境界線には座標がある ── 4本の定規と、その実測値
結論を先に言うと、動かせます。しかも「何ミリ動いたか」を測る目盛りが用意されている。ただし動かした分だけ壁も後退するので、消すことはできません。
前回の Ω に停止判定オラクルを足す、というのが最も素直な「1ミリ」です。
ところが Post と Kleene の定理が、この1ミリの代償をきっちり定めています。
では最初の2問は何ミリ先にあるのか。量化子を数えれば座標が出ます。
コラッツは 2 ミリ、ABC は 3 ミリ先。オラクルさえ手に入れば、どちらも「有限の手続き」で片が付きます ── そのオラクルが存在しないという一点を除けば。
体系そのものを強めるなら、目盛りは順序数になります。
この定規の目盛りが証明論的順序数 |T| です。PA なら ε₀、述語的解析なら Γ₀、Π¹₁-CA₀ なら ψ(Ωω)。グッドスタイン定理やパリス–ハリントン定理は、この隙間にちょうど落ちる命題として発見されました ── PA では証明できないが、ε₀ を足せば証明できる。「1ミリ動かすと何が新しく証明できるか」が実際に見える希少な例です。
射影集合の性質は大基数公理で次々に決着します。ただし連続体仮説はどれだけ足しても独立のまま ── 定規の向きが合っていない、という教訓つきです。
そして最も即物的な定規。「限界は何状態の地点にあるか」を実測できます。
| 命題 | 必要な状態数 | 出典 |
|---|---|---|
| ゴールドバッハ予想 | 27 | Yedidia–Aaronson ほか |
| リーマン予想 | 744 | Stefan O'Rear |
| ZF の無矛盾性(ZFC から独立) | 748 | O'Rear(原型は 7,910 状態) |
つまり 数学の限界は 27 〜 748 状態のどこかにある。ではその手前はどこまで到達したのか。
| n | BB(n) | 状況 |
|---|---|---|
| 1–4 | 1, 6, 21, 107 | 古典的に確定 |
| 5 | 47,176,870 | 2024年7月に確定。Coq で機械検証済み |
| 6 | > 2↑↑↑5 | 2025年6月の下界。Antihydra というコラッツ型の機械が立ちはだかる |
ここが今回いちばん面白いところです。BB(6) を確定させるには Antihydra という 6 状態の機械の停止性を決めねばならず、それがコラッツ型の未解決問題そのものだった。2026年7月時点で、まだ約 1,100 台の機械が判定不能のまま残っています。
定規を 5 から 6 へ、たった 1 状態動かした瞬間に、コラッツが顔を出した。
足すことはできます。実際、跳躍を 2 回足せばコラッツは、3 回足せば ABC は決定可能になる。ただし跳躍作用素の狭義単調性 X <T X′ が、地平線も同じだけ遠ざかることを定理として保証しています。決定不能性は消去できず、座標が変わるだけです。
コラッツと ABC に必要なのは、新しいオラクルではなく新しいアイデアだ ── というのが、この定規たちの出す答えになります。