D-FUMT₈ 写本体

Rei-AIOS · STEP 497 · 写本体 v3

三つは埋まり、
一つは埋まらないと分かった

v2 が残した四つのずれ——語彙の量、語区切りなしの比、行の効果の薄さ、語長分布の未検証——に順番に当たりました。三つは閉じました。残る一つは、閉じられない理由のほうが分かったという結果になっています。

facsimile

folio 497r(第3稿)

★合意異常スナップショットの 192セル、22行・3段落。段落の先頭行(¶印)にだけ割れたガロー字が現れ、行頭には羽根、行末には終止形が付きます。語にカーソルを合わせると、その語が指す行・列と値が出ます。

D-FUMT₈ · folio 497r · manus A · seed 269421 ★合意異常 · 192 cellae · 1049 glyphi

192語すべてを OR 簡約して元グリッドと照合、全セル一致。並べ替え検定 p = 0.0002。

what was added

足したのは三つ、どれも本家の観察から

1. 自己引用

Timm & Schinner (2019) の仮説。同じ値に簡約される既出の綴りを優先的に写す——よく使った綴りほど選ばれやすい。テキストが自分を反復しはじめ、語彙量と Zipf 曲線が同時に動きます。

2. 位置異体字の拡張

D'Imperio (1978)「割れたガローは段落の先頭行と標題にしか現れない」。そこで split を段落先頭行限定の ⊤ の異体字に、term を行末形に。連綴も加えて計 23字形=基本EVA字母と同数。

3. 語長の整形

本家は 37,919語/191,825字=平均5.06字、最長15字、分布は5にピークを持つ二項分布。書記は Binomial(15,⅓) から長さを引き、恒等元 ⊥ の詰めと重ね書きでそこへ合わせます。どちらも OR 鎖の合法性を壊しません。

綴りの土台は初版から変えていません。engine の OR 表から読んだ例外1つを持つ全順序——⊥ < {B,N} < ∞ < ~ < ⟲ < ⊤ < 〇、B ∨ N = ⊤——のままです。v3 で効いたのは、そこに「恒等元はどこに書いてもよい」という一点を認めたことでした。⊥ は OR の恒等元なので、語のどこに挟んでも簡約先は変わらない。この自由度が語彙の源になります。

the alphabet

八値の字母と、五つの修飾

gap (d) — closed

語長の分布は、形まで合った

写本体 v3(37,919語) Binomial(15, ⅓)=本家の形
全変動距離 0.063。平均 5.28字(本家 5.06)。1字語がやや少なく4〜6字がやや厚い以外は、ピーク位置も裾の落ち方も一致しています。

gap (c) — closed

行の効果は、検定に載る強さになった

folio 本体(22行・192語)での実測。χ² は行頭/行末とそれ以外の字形分布の独立性検定。どちらも df 2–4 で臨界値を大きく超えます。
位置効果該当位置それ以外χ²
羽根字(行頭語の1字目)22 / 22行1 / 170語192.0
終止形(行末語の最終字)15 / 22行0 / 170語126.2
割れたガロー(段落先頭行)13字0字—

割れたガローが段落先頭行にだけ 13字現れ、他の19行には1字も出ない——D'Imperio が本家について書いた観察が、そのまま再現されています。v2 では「飾りが1つ付く」だけだったものが、字種の分布そのものが位置で変わる段階になりました。

gap (b) — dissolved

「語区切りなし 0.607」は、そもそも目標が間違っていた

v2 で「語区切りを外すと 0.689 で本家の 0.607 に届かない」と書きました。これは私の目標設定の誤りだったと分かりました。実在の英語で同じ測定をすると、こうなります。

英語は man ページ本文から組んだ約20万字(技術英語で、文学作品ではない点は留保)。同じ推定器で測定。空白ありの 0.806 が Bennett の欧州諸語帯 0.770–0.814 にきちんと入ることで、測定系そのものの妥当性も確認できています。
系h₁h₂h₂/h₁
英語・語区切りあり4.1233.3250.806
英語・語区切りなし4.2373.5770.844
写本体 手A・語区切りあり3.6522.2100.605
写本体 手A・語区切りなし——0.671
ヴォイニッチ手稿(Bennett)3.662.220.607

語区切りを外すと、実在の言語でも比は上がります(0.806 → 0.844)。境界を消せば構造が壊れるのだから当然です。つまり Bennett の 0.607 は区切りを含む文字列での値であって、区切りなしの対応値は公表されていない。存在しない目標に届かないと書いていたのが v2 の誤りでした。正しい比較は「区切りあり 0.605 対 0.607」、そして区切りなしでも 0.671 対 英語 0.844 で、依然として本家の側にいます。

gap (a) — open, and now measurable

語彙とエントロピーは、両立しない

残る一つが語彙量です。v2 は豊かすぎ(TTR 0.362)、自己引用を入れると今度は貧しくなる。原因を追うと、この構成では両立しないこと自体が示せました。

効いているのはパラメータ1つ——恒等元 ⊥ を語頭にしか置かないか、どこにでも置いてよいか。この自由度を 0 から 1 へ動かすと、語彙は増えるが条件付きエントロピーも一緒に上がってしまいます。

写本体(恒等元の自由度 0 → 1) ヴォイニッチ手稿
横軸 TTR(異なり語 ÷ 総語数、いずれも 37,919語で測定)、縦軸 h₂。曲線上のどの点も、本家の TTR 0.215 には届きません。h₂ を 2.22 に合わせると TTR は 0.125、TTR を最大にすると h₂ は 2.34 まで上がる。本家は曲線の右下の外側に座っています。
what this means

ヴォイニッチはこのフロンティアの外にいる

「語彙が豊かで、かつ条件付きエントロピーが低い」——本家はこの二つを同時に満たしています。恒等元の詰めと表引きだけで作られた文章では、そこに到達できない。単純な生成器説にとっては、これは不利な材料です。逆に言えば、本家を作った手続きはここで測っている自由度とは別の軸で語彙を稼いでいる、ということになります。

two hands

だから、二つの手で書いた

片方に寄せるしかないなら、両方書けばよい——というのは苦しまぎれではなく、本家がそうなっています。ヴォイニッチ手稿は Currier A と B という統計の異なる二つの「手」で書かれています。

いずれも 37,919語(本家と同じ規模)で測定。TTR は語数依存なので、同規模でしか比較の意味がありません。
手h₁h₂h₂/h₁異なり語TTRZipf 傾き
ヴォイニッチ手稿3.662.220.6078,1510.215≈ −1
手A(エントロピー整合)3.6522.2100.6054,7540.125−1.073
手B(語彙整合)3.5812.3360.6526,4710.171−0.963
写本体 v23.6622.1960.60013,7510.362—

folio 本体は手A。下は同じ12セルを手Bで書いた見本です。恒等元が語中に散るので、語がほどけて長く見えます。

manus B · specimen

where it stands

四つのずれ、いま

closed

(d) 語長の分布形

Binomial(15,⅓) との全変動距離 0.063、平均 5.28字(本家 5.06)。ピーク位置と裾の形が一致。

closed

(c) 行の効果

行頭 χ²=192.0、行末 χ²=126.2、割れたガローは段落先頭行に 13字/他 0字。字種分布が位置で変わる段階に到達。

dissolved

(b) 語区切りなしの比

目標設定の誤りでした。区切りを外すと実在の言語でも比は上がる(英語 0.806→0.844)。公表値 0.607 に区切りなしの対応値は存在しません。

open — but explained

(a) 語彙量

TTR 0.125–0.171 に対し本家 0.215。埋まらないのではなく、この構成では語彙とエントロピーが同時に満たせないことが測定として出ました。

そして初版から変わらない一点。この写本が語っているのは、依然としてセンサーの1スナップショットだけです。統計がどれだけ本家の隣に寄っても、192セル以上のことは書いていません。ヴォイニッチ手稿の厚み——章ごとに語彙が入れ替わり、図版と本文が対応している——は、まだ手つかずの領域として残っています。